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中村哲医師の経歴やプロフィール・功績について調査してみた!人柄の素晴らしさがやばい!

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日本人の中村哲医師がアフガニスタンで銃撃されたとのニュースがはいってきました。最初のニュースはまだ左胸に一発銃撃されるも命に別状はないと報道がありほっとしたのも束の間。

中村医師はそのままなくなってしまいました。

中村哲医師の経歴について調査してみた!プロフィール

中村医師は1946年9月15日福岡県生まれ。

西南学院中学校を卒業し、福岡高校へ。そして九州でも超難易度の高い九州大学医学部へと進学しています。

中村医師は日本で勤務したあとにペシャワールへと赴任することになります。

そこで20年もの間、ハンセン病を中心に医療活動をします。

ハンセン病とは感染すると手足などの抹消神経が麻痺したり、皮膚にさまざまな病的な変化が起こったりします。早期に適切な治療を行わないと、手足などの抹消神経に障害が起き、汗が出なくなったり、痛い、熱い、冷たいといった感覚がなくなることがあります。また、体の一部が変形するといった後遺症が残ることもありました

出典:http://www.ee-life.net/hatena/hansen_d.html

中村医師はその後パキスタン・アフガニスタン地域で医療活動をしますが、パキスタン国内では政府の圧力のため医療活動ができにくくなってしまい、その後はアフガニスタンに拠点をおき、多くの患者をみていくことになります。

中村哲医師の経歴について調査してみた!他宗教への理解度がすごい

中村医師の宗教なんですが、日本人ならだいたい仏教徒だと思いますよね。

しかし中村医師は、キリスト教プロテスタント系だったそうです。

中村医師が卒業している西南学院中学校はキリスト教の学校だったのでその時に影響をうけているのかもしれません。

福岡大学や九州大学にはそういった宗教色がつよい学校というイメージは地元はありません。

ただ西南学院といえば知る人ぞ知るキリスト教系の学校になります。

キリスト教でありながら中村医師は、アフガニスタンでは相手の宗教に最大の敬意を払っていたそうです。

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キリスト教とイスラム教という宗教の違いを気にすることはなかったと言います。

いつでも世界は宗教や民族によって戦争がおきていることを知っていたのでしょうね。

中村哲医師の経歴について調査してみた!功績はすばらしい!

また、2003年にはマグサイサイ賞を受賞。これはアジア地域で社会貢献やすばらしい功績を残した人や団体に送られるものです。

2013年には第24回福岡アジア文化賞大賞、第61回菊池寛賞を受賞しています。

アジア文化賞はアジア文化の保存と創造に貢献していて、世界に対してアジア文化の意義を示した方に送られます。

また、中村医師は水の大切さに目をつけたようです。

水があれば多くの病気と帰還難民問題を解決できるとして、福岡県の山田堰をモデルにして建設していた、ガンベリー砂漠まで総延長25kmを超える用水路が完成する。約10万人の農民が暮らしていける基盤を作る。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%93%B2_(%E5%8C%BB%E5%B8%AB)

ということで、何度も中村医師は福岡の朝倉市にある水田を視察していました。

2018年にはアフガニスタンの国家勲章を受章しています。

中村医師は、現地の状況などをつたえるために多くの著書も残しています。

その功績はあげればきりがありません。

ざっとウイキペディアで数えてみると26個の賞をもらっていました。

日本人の誇りですね!

中村哲医師の経歴について調査してみた!まとめ

いまだに世界では紛争で多くの人が傷ついているということを中村医師をとおして日本の方にもその現実を知ってもらえたらと思います。

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